竹内結子の最後のインタビューに死のキーワードが?完璧主義だった?

竹内結子6 エンタメ

竹内結子さんが自らの命を絶つ、という衝撃と哀しみが多くの人の心を痛めています。

「どうして?」「なぜ?」、誰もその理由を見つけることはできません。

これは三浦春馬さんの急逝の時とよく似ています。

ただ異なる点も多くあり、単純に比較したり後追いのような感覚ではないようです。

竹内結子さんをひとりの人間として見た時、死に至った真実が見えてくるようです。

世間のイメージ

芸能界の成功者

竹内結子さんというと、演技派女優としての成功と申し分のない美貌とスタイルが思い浮かびます。

いつも明るく笑顔で親しみやすい印象でありながら、ドラマや映画での演技はとてつもなく上手い俳優でした。

出演作はほとんど主役かヒロインで、脇役をつとめることはなかったほどです。

2001年からさまざまな賞を総なめにし、実力派女優・竹内結子を不動のものにしています。

誰にも愛され尊敬される女優、それが竹内結子さんの世間のイメージだったのではないかと思います。

同時に多くのCM出演などもあり、その収入が注目されてもいました。

俳優さんはだれもが身を削って芝居をし、それが認められて初めて対価として収入が発生しています。

一般人も同じですが、芸能界で成功した時の報酬が途方もないことも知られています。

そこまでの収入を得ることができる俳優は一握りで、努力の結果生き残った一人が竹内結子さんです。

幸せな家庭

苦しんだ最初の結婚とシングルマザー

竹内結子さんは2度の結婚でそれぞれ男の子を授かりました

最初の結婚は2005年、25歳の時に歌舞伎役者・俳優の中村獅童さんと結婚しています。

結婚を発表した時、すでに妊娠をしていました。

この結婚は実質1年ほどだったという話もあり、中村獅童さんの不倫や飲酒などの騒動で離婚が成立したのは2008年でした。

決して幸せな結婚生活ではなかったはずですし、20代で先の不安がどれだけあっただろうと思います。

その後、竹内結子さんはシングルマザーとして、子どもを育てながら女優を続けます

この間も子どもを名門私立(青山学院)に入れるため、50万とも60万とも言われる月謝を払い英才教育を受けさせています。

学校行事を休むことは一度もなかったようです。

最後となってしまったインタビューで、竹内結子さんはこの頃のことをこのように話しています。

30代は仕事と育児を両立する中で、例えば『お茶を飲んで一息つきたいな』と思っても、それが自分のわがままなんじゃないかと感じて、押し込めていました

そのイライラが、外に向けて出てしまっていたんですね。

LEE

竹内結子さんがイライラしているという姿を想像できる人は、たぶんあまりいない気がします。

でも、イライラを「自分のわがまま」として「押し込めていた」というのは、竹内結子さんの自分を責めてしまう性格をはっきりと表しているようです。

誰もがあることでも、竹内結子さんは誰の目にも見せないように振舞ってきたのではないでしょうか。

38歳でつかんだあたたかな家庭

2019年に中林大樹さんと再婚するまでの丸11年間、竹内結子さんは一人で母親と父親の役もしてきたと思います。

2019年に再婚した中林大樹さんは、とても真面目でイケメン、俳優デビューが遅かったため知名度的には劣っていましたが、これからまさにブレイクするという俳優です。

長男ともとても仲が良く、中林大樹さんとの間に2020年1月に次男が誕生したばかりでした。

竹内結子さんたちは幸せな家庭、と誰もが口をそろえて伝えているのが苦しくなります。

いい人の評価

気をつかうことが当たり前

生前の竹内結子さんは、仕事の現場でもプライベートでも礼節がありユーモアもありという性格にみられていたようです。

誰にどのように接すればいいのか、瞬時に察知できる観察眼があったと思います。

16歳から芸能界に入り、大人社会の中で育ってきたから特に敏感になっていたと思います。

10代で芸能界に入った。

年上の人ばかりの大人に囲まれ、「自分も合わせていかないといけない」と背伸びして自分を縛っていた

20歳になれば自分も成熟するかと思っていた。

大人と子どもの、明確な境界があるかのように。

AERA

環境や性格にもよると思いますが、一度ついたイメージを振り切るということはまじめな性格の人ほど難しいそうです。

竹内結子さんほど敏感な感性ならば、周囲に期待されていることも、主役級がどんどん任されれば16歳の時にはすでに分かっていたはずです。

芸能界での礼節が厳しいことは有名ですが、竹内結子さんがデビューした当時はもっと厳しかったはずです。

いまだにいじめがあるという話も後を絶たない世界のようです。

共演者だけではなく、現場のスタッフにも礼節をもって接していたのが竹内結子さんです。

竹内結子さんが「差し入れ女王」であったことも有名で、出演作で出番がない日でも『気さくに』差し入れを持っていくという徹底ぶりです。

私は竹内結子さんが無理をしていたとは思いません。

竹内結子さんにとって、周囲に気をつかうのは当たり前のことだったと思います。

ただ私たちの常識をはるかに超えた、やりすぎ感を感じます。

女優と家庭のバランス

竹内結子さんの自死は「産後うつ」ではということが、ネットやニュースなどで拡散されています。

竹内結子さんの夫・中林大樹さんは、典型的な育メンと言われており、長男との家族4人の生活は安定していました。

今はしんどかったら『はい、交代して』と言えるように。

自分の中で気持ちを煮詰めてしまうからこじれるのであって、どうしてほしいかをストレートに伝えればいいんだと気づきました。

最近も、思ったことはその場でパッと出すトレーニングをしているところ。

決してうまくはないけれど、20代、30代よりはできるようになったんじゃないかなと思います

LEE

竹内結子さんの家庭内で『はい、交代して』という相手は、夫の中林大樹さんと14歳の長男が主だったろうと思います。

それだけ竹内結子さんの家族のきずなは深かった、ということが想像できます。

死のキーワード

恐怖

竹内結子さんの最後のインタビューとなってしまった、「私たちの『40歳の地図』の描き方」と題された中の言葉です。

実は2度の出産で仕事を離れることには不安がありました。

特に長男のときは、私の代わりはいくらでもいると思っていて、怖くてたまらなかった

少しでも早く仕事に復帰して、多くの現場をこなさなきゃと必死でした。

でも今回、たっぷり時間があって家族と向き合って、自分の人生をもう少し大事にしてもいいんじゃないかなと思えました。

これまでもおろそかにしてきたわけではないけれど、子どもとゆっくり向き合ったり、毎日の献立をのんびり考えたり。

LEE

「2度の出産」と竹内結子さんは語っています。

長男の時を特にあげていますが、2019年の2度目の出産時にも不安があったのは間違いないのではないでしょうか。

産休だけだったはずが、コロナ禍によるステイホームで仕事のメドは立っていなかったようです。

「私の代わりはいくらでもいる」

「怖くてたまらなかった」

人の考え方は思春期にはほぼ確立します。

16歳からトップ女優と見られてきた竹内結子さんにとって、金銭ではなく女優としてのポジションが無くなるのではというのは「恐怖そのもの」だったと思います。

プレッシャー

竹内結子さんは年齢とともに、役柄も変わってきたといっています。

以前は、誰かの気持ちを代弁するようなポジションが多かったのですが、最近は周りを思いやらない役が増えました(笑)。

そういう人って自分の考えを主張するので、とてもセリフが多いんですよね。

台本を見ても、ずっと私がしゃべってる!と。

やりがいはありますが、同時にプレッシャーも

大きな役柄をいただくこともあるので、事前にリサーチをしたり、自分で働きかけていくことも増えました

LEE

竹内結子さんはまだ40歳といっても、家庭のことも手を抜けない性格です。

それに加えて「今までにはなかった役」を演じるために「事前にリサーチ」し「自分で働きかけていく」ようになったのです。

「やりがいはありますが、同時にプレッシャーも」

見えない壁

竹内結子さんは完璧主義なところがあったような気がします。

インタビューでは40代の過ごし方について、このように話しています。

40代も仕事という軸は持ちながら、家族との時間を楽しんでいきたいですね

LEE

上記の「恐怖」「プレッシャー」は抱えたままで、仕事は竹内結子さんにとって『軸』だというのです。

私はこの中に、竹内結子さんの中の整理ができない葛藤や矛盾がある気がしてなりません。

女性は特に年齢とともに体力が衰えたり、外見が変化したりホルモンバランスがくずれたり、という老化も始まります。

特に40代は更年期障害に代表されるように、女性にとっては大変な時期でもあります。

竹内結子さんのように常に周囲から見られる仕事では、美貌もスタイルもキープしていくことも必要です。

竹内結子さんは産後、体型を戻すためのダイエットをするなどの努力も惜しんでいませんでした。

そんな中での産休とコロナ禍で、竹内結子さんの仕事のスケジュールがどのようになっていたのか…

女優が天職のような方だった竹内結子さん、家族と家庭を心から愛していた竹内結子さん。

どちらも竹内結子さんだったと思いますが、人に与えられている時間は同じです。

竹内結子さんの言葉から、自分はまだできると過剰な責任とプレッシャーに加え、これから自分はやっていけるのかという恐怖を感じます。

竹内結子さんは「明るい笑顔で何でもこなす、すばらしい人」だったために、自らのこころの整理がつかなくなってしまった可能性が高い気がします。

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まとめ

竹内結子さんは、自身の中に2人の自分を持っていた気がします。

竹内結子さん本人も、何となく気が付いていたのではないかと思います。

同じインタビューの中で矛盾する2つの道=「全力で走る」のか「肩の荷を下ろす」のか分からない答えをしているように見えます。

完璧主義、真面目すぎる人ほど頑張り過ぎてしまうと聞いたことがあります。

竹内結子さんはそのままで、ずっと長く女優と家庭を両立出来た方だけにこの竹内結子さんの自死という事実がつらく重く感じます。

竹内結子さん、生きていてほしかったです。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

それでは、最後までご覧いただきありがとうございました。

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